閉塞空間の気まずさ

エレベーターはなぜ気まずいのかというコラムを読んで、これはおそらく乗車率の高い電車などでも近い感覚になる理由と同じなんだろうと思った。
なぜ見ず知らずの、それも短時間しか顔をあわせることも無いだろう人に不思議と緊張感を覚えてしまうのは、かなり本能的な思考だったというわけだ。

地下鉄などに乗っていても、「なんでこんなに気を張っているのだろう」と自分でも思うときがしばしばあるが、それはおそらく車両内の限られた空間で自分の周囲の縄張り(テリトリー)が極めて小さくなり、なおかつ自分にとって敵か味方か分からない(というと極端だが)人が多数いる状況に、自然と本能的な警戒心が作用していたということなのだろう。
ふとしたきっかけで会話ができた際や会釈を交わした際などに、その警戒心がふっと緩むのも、このコラムにあるように敵意が無いことを確認できたからだと解釈すれば、非常にすんなり納得できる。

これを知ったからといってさほど実践する機会と言うのは多くないような気がするが、自分の気持ちや感情がどこから来ているかを明確にするというのは気付きが多くてタメになる。
客観的な視点が無いとなかなかそこにたどりつけないのだが。

  1. コメント 0

  1. トラックバック 0

return top