非モテ

 いきなり直球だが、非モテSNSというものがあるそうだ。
 「非モテ」という単語が何を意味する言葉かを改めて解説するまでもないだろう。
 この記事を読んでその存在を知ったのだが、そのサイトのコンセプト自体はともかく、何かこのインタビューのやり取りを見てると、お世辞にも「モテる」というクチではない自分であっても腑に落ちない点が湧く。

 たとえば、 “「恋愛資本主義」というのは,恋愛強者、つまりモテる人がカッコいいんだという考え方ですが、実はモテない人のほうがカッコいいんだぞというのを言いたい” という一文があるが、ここでいう“カッコいい”ってどういう意味なのだろうと。
 ついでにいうと、解釈の順番的に「モテる人がカッコイイ」というより「カッコイイ人だからモテる」と考える方が自然だと思う。
 それ以降にある “モテる人は恋愛しやすくて、モテない人はどんどん恋愛しづらく” というのも同じかなぁ、と。

 それと “これまではモテる人が得をして、モテない人が損をするという「恋愛資本主義」の世の中” について “それはおかしいから、正す必要がある” と述べておられるが、何をもって損得とみなしているのか、また正しいあり方とはどういうものかもかなり疑念が多い。
 インタビューを見ている限り、そこで定義されている損得の概念が相当小規模なレベルに思えるし、 “非モテ100円割引とか、非モテの人にディズニーリゾートのカップル券を配る” という案件を持って「正す」と述べているのであれば、それは見当違いではないかと。

 政策的にはモテる・モテないという分別より、「子供を作るべき」というインセンティブを与える方向で施策を打ち出しているはずなので、「モテる人間ばかり得している!」という反論は若干論点がズレていると言わざるを得ない。

 モテる・モテないはともかく、他の生物の多くはメスの気を引くためにオスはその容姿が華美であるほど効果的とされているが、人間は不思議なものでどちらかと言えば逆である。
 つまり一概には言えないが、多くの場合において容姿をことさら気にするのは女性であり、それと比してズボラになりがちなのは男性というのは、他の生物からして見れは奇妙な構図だろう。
 モテないと嘆く諸兄はこの生物進化論的節理を一度思い起こすと、少し世界が開ける、かもしれない。
 ここまで言っておいて何だが、正直最終的には容姿だけでは決定力不足なのも事実だが、しかし容姿がファクターとして小さいものでないことも事実。
 「第一印象は3秒で決まり、何も変動が無ければそれが3年は続く」といわれるくらいだから。

 あるいは諦めるとまでは言わずとも、ある程度達観するくらいの余裕もあった方が良い気がする。
 勉強とかデスクワークとか趣味のように、一人で頑張ってその成果が目に見えるものならいいが、恋愛沙汰については一つの人間関係の形なので、相性だとかタイミングだとか、不確定要素が多すぎる。
 なのでうまくいくか否かは、時の運次第というくらいに思っていると痛手は少ないのではないかと考えるのが持論である。
 ただし、その昔にこの話をチラリとしてみたら「世の中を諦観しとるな」というふうな事を言われたが、確かに見方によってはそう見えないこともない。

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