科学の光陰

<初っ端から注意書き>
本日の記述は驚異的なほどにグダグダなモノで、メモ程度に記したため、クドイ話がイヤな人は見ない事を強く推奨する。

今現在、我々の生活は科学によって支えられていると言える。
日進月歩というのもヌルいくらいの発展速度により、各所でその恩恵を見ることができる。
だが周知のように、科学の発展が人類にとって有益であるとは限らない。
かつての馬にとってかわった自動車は多くの事故と死者を生じさせ、陸路の縛りを解く為に作られた飛行機は戦闘機に派生し、新たなるエネルギーと謳われた原子力は、マンハッタン計画を始めとして人類最悪の兵器へと転化した。
えてして、新技術を軍事利用したがる人類の悪癖は今も昔も変わらない。
究める事こそ善と考えられていた科学は、どの時代でも内なる闇を覗かせていた。

一例として、近年研究が進んでいる遺伝子技術を取り上げてみる。
既に人間の遺伝子の塩基配列の解析はほとんど完了しており、猿とヒトでは塩基配列の97%程度が同様であるといわれている。
遺伝子技術を用いて医療処置を施すことを、ジーンセラピーというが、場合によってはクローン技術もこの中に含有されることもある。
生命の設計図といわれるDNAさえあれば、生物のコピーを作ることが可能であり、成功例が複数報告されていることはおろか、海外ではペットのDNAを保存しておき、当のペットが死亡してからクローンを作成するというビジネスもあったほどである。
クローン技術が人体に適用されるようになれば、拒絶反応の危険性の無い臓器移植が可能になる。
あるいは絶滅危惧種の動物を保護することができるようになる。
しかし正直なところ、まだ遺伝子技術の敷居はそれほど低くない。
それ以前に、クローンという時点で、否が応でも倫理的問題が随伴してくる。

実のところ、科学とは錬金術に端を発するものであり、その当初の目的は、神の存在を明らかにすることにあったと言われている。
(錬金術の目的が金を精製することにあると思われがちだが、本来は物質・世界の構造を明らかにする研究の一環に、そうした目的が含まれていただけのこと)
しかしながら皮肉なことに、科学とオカルトは相反するものの様相を呈してしまっている。
やはり人間は所詮人間であり、神に近付くことはできないのだろう。
(但し、一部のトップクラス科学者の中には神の存在を信じる人も少なくない。というのも、自らの発見した事実が、あまりにも意図的なものに感じられて、偶発的なものではなく、誰かの意思がそうさせたとしか考えられないからだそうだ)

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