なぜ保険料は基本的に掛け捨てなのか

とあるTVを夕食時に眺めていたら「怪我も病気もすることないのに、国民健康保険は返ってこないものなのか」などと抜かす大うつけを見掛けた。
保険の仕組みを知らない人なら、こういう意見が出てきても仕方ないものだが、これを放送したメディアがこの部分を訂正しないのも釈然としない。

保険というのは、きわめて荒っぽく言ってしまえば複数人による金銭的リスク分散だ。
サイコロを何度も何度も振っていけば、1?6全ての目がほぼ同じ約16%(1/6)の確率で出現することを割り出せる。
この様に多くのケースのデータを集めていけば、ある事象が起こる確率というのは一つに集約されていく。
この理論を「大数法則」といい、保険業はこの法則の上に稼働する。
例えば生涯に遭遇する交通事故の確率だとか、手術が必要な損傷を受ける確率など。
これに基づいていけば「何人に一人の割合で交通事故に遭遇するか」ということも分かってくる。
そこで誰が交通事故に遭遇するかはわからないけれど、上記の「何人」かで「一人」分の費用を分散・支払っておけば、その誰か「一人」が運悪く交通事故のクジを引いてしまった場合に保険金という形で費用が下りるわけだ。

冒頭で「保険料が返ってこない」とボヤいていたのは、おそらく保険料というものが積み立てるものだとでも思っているのだろう。
本当は、運良く怪我というクジも病気というクジも引かなかったから保険金を受け取らなくて済んだ、と考えるべきである。

近頃は「掛け捨てじゃない」という売り文句で加入者を寄せる保険があるようだが、あれも大数法則に従って、返却金が必要な加入者の割合から保険料を算出しているだけであって、ただ単に定期預金のように預けているのとさほど変わりない。
(これには保険会社の3つの利潤源が関与すると思われるが、ここでは触らない)

と、最近は電卓や仕訳伝票などとの格闘が続いているため、たまには社会学的知識を思い出す意味でも記述してみた次第。

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