カテゴリー ‘ つまらないメモ

たまにはガラじゃないことでも。

「欲深き」は人の業。
己に過ぎたるモノすらも欲するのが人間たる動物である。
己が持ち得ないモノにヒトは固執する。
自分には決して届かないモノであるほど、その欲求は高まるか、あるいは潰えるかの二極に分かれるのだという。
果たしてこの欲求が抑制できないとき、ヒトはいわゆる「悪」に走る。

誰であろうか、人間を「高等生物」などと位置付けたのは。
かくも浅はかな欲求すらも、兼ね備えた理性で拭い去れぬというのであれば、理性を備えずとも秩序を保つ他の生物よりも劣悪と言わざるを得なくなってしまうではないか。

聖書は我々に説く。
いずれ人間は「最後の裁き」によって諸悪の悉くが消え去るのだと。
聖書、あるいは預言書の根底の確立を、キリストの誕生と同時期と見積もったとしても、「最後の裁き」の預言はすでに2千年も前の話である。
かくも長き時間を、神は機が熟すのを待っておられるというのであろうか?
冗談ではない。
来るか来ないか解らぬものを、確証も無く待ち続けるなど、癪の短い私にはできようもない。
あえて言おうか、そのような乞食同然の所作などできない、と。
私は可能な限り、自力本願で行きたいのである。

だから私はここで仏陀を推す。
仏を信ぜよというのではない。
彼の言葉が、少なくとも預言よりも現実的であるからだ。

仏陀の曰く、
孤独に歩め。
悪をなさず、
求めるところは少なく。
林の中の象のように。

return top